『ワールド イズ ダンシング』第1話で目を奪われたのは、舞の場面を描く荒々しい線でした。整った線とは違う、画面の外まで勢いが広がるような作画が、作品の個性を一度で伝えてきます。ここからは第1話の内容に軽く触れます。

舞の場面で目を奪った「閉じない線」

南北朝を扱う作品という時点で以前から気になっていましたが、第1話で特に強く残ったのは後半の舞の作画です。テレビアニメの整えられた美しさとは違い、ラフや水彩画の線がそのまま動き出したような荒々しさがありました。

見ていると、高畑勲監督の『かぐや姫の物語』を思い出します。輪郭をきれいに閉じるのではなく、線が外側へ広がっていく。その勢いが舞の動きと重なり、静止画ではなくアニメーションで見る意味を強く感じました。

オープニングまで貫かれた荒々しさ

同じ感触は本編だけでなく、オープニングの映像にもありました。特殊な効果も含め、画面が「この作品はほかと少し違う」と視覚から伝えてくるようで、説明より先に目を引きつけられます。

こうした表現に実際どれだけの手間がかかっているかは分かりません。ただ、整った線とは別の方向から迫力を作っていること、その選択が「舞」という題材に合って見えたことが面白かったです。

南北朝と世阿弥を、物語から知り直す

南北朝、世阿弥、能、猿楽。学校で言葉を覚えていても、人物の人生や時代の空気まで詳しく知っているわけではありません。自分にとっては、知識として残っている言葉を物語の中で見直せることも、本作を追いたい理由のひとつです。

史実とフィクションがどう交わるのかは、これから確かめていきたいところです。まず第1話では、時代設定の珍しさ以上に、映像そのものが作品の方向を示していたことが印象に残りました。

まとめ

『ワールド イズ ダンシング』第1話は、閉じない線で描かれた舞の迫力が、作品の第一印象を決めていました。言葉で説明するより、実際に動く画面を見ることで伝わる部分が大きい作品です。この表現が物語とともにどう広がるのか、続けて追いかけたいと思います。